東海国立大学機構ビジョン2.0
Make New Standards for The Public
知とイノベーションのコモンズとして、地域と人類社会の課題解決に貢献する新たな国立大学法人へ
東海機構が誕生した背景と必然性
2020年4月、岐阜大学と名古屋大学による県をまたいだ法人統合により、わが国初の一法人複数大学制度による新たな国立大学法人として、東海国立大学機構(以下東海機構)が誕生しました。この統合の背景には、我が国の国立大学の置かれた状況に対する危機感がありました。一言で言うと、それまでの国立大学のあり方の延長線上には今後の発展はなく、国際的にプレゼンスの低下があるだけだ、という危機感でした。持続的な発展や存在感がないと国立大学の使命である社会貢献、人類貢献へのインパクトが小さくなり、その結果、社会からは支援を得られず、国立大学の存在価値がさらに低下するという悪循環に陥ることになります。
この悪循環を打破するには、勇気を持って変革の一歩を踏み出さなければならないと両大学間で真剣な議論を交わしました。同時に、産業界、国、自治体など学外のステークホルダーからも、新しい大学づくりを始めるべきだと後押しがあったことも統合への大きなモチベーションとなりました。また、両大学が置かれた東海地域には、世界有数のものづくり産業の集積地として成功してきた歴史がありますが、それもこのまま続いていけるのだろうか、という危機感を産業界、国、自治体が持っていたことも大きな理由でした。アカデミアだけですべてを変えられるわけではありません。すべてのセクターが自ら変わり、協調しながら社会を丸ごと転換しなければならない時代に身を置く以上、ファーストペンギンとしてまず自分たちで変革に取り組み、アカデミアが持つ力を高めて未来社会の創造に貢献することを目指した統合を実現しようとの思いしかありませんでした。東海機構がスタートしてから各地で大学統合の動きが広がったことを見ると、統合の先行例として他の大学に大きな影響を与えたのではないかと思っています。
法人統合の歩みと成果を振り返って
東海機構が発足して約3年。これまでの取り組みを総括すると、総じて計画に沿った成果をあげることができたと考えています。東海機構発足以来、コロナ禍のため役員が一堂に会しての会議はほとんど開催することはできませんでしたが、オンライン会議システムをフルに活用することで、対面では不可能な頻度で徹底的な議論を数限りなく交わすことができました。その背景には2018年からの2年間に、両大学の執行部が顔を突き合わせ、腹を割って議論を重ねてきたという実績もありました。しかし、短い準備期間で統合を実現できたことは、両大学の多くの教職員による献身的な努力の賜物であったことはいうまでもありません。
これまでの主な成果をご紹介すると、まずガバナンス面では経営と教学を分離したことで、機構長は東海機構全体の財務経営、組織基盤整備、新たな戦略づくりに専念し、両大学における教育研究活動はそれぞれの学長、総長が所掌する体制を構築することができました。これは国立大学では新しいスタイルだと思います。また、機構直轄拠点として両大学のリソースを集中して、組織的、戦略的に教育・研究・産学連携などを進めていることも、大きな特徴です。その一番の成功例が糖鎖生命コア研究拠点の設置でしょう。今後、国を代表する研究事業の一つになろうとしています。航空宇宙研究教育拠点は、岐阜大学の航空宇宙生産技術と名古屋大学の航空宇宙設計技術を統合し、共通で技術開発と人材育成を推進する地域創生のプロジェクトであり、国から非常に高い評価を得ています。教育面では、共通した教育基盤構築を進めるためのアカデミック・セントラルという組織を機構でつくり、教育の質の評価システムや教育成果の見える化などに取り組んでいます。また将来に向けて大学のDXを進めるために、デジタルユニバーシティ構想を構築しつつあります。さらに、社会課題、人類課題であるカーボンニュートラル実現に向けたカーボンニュートラル推進室を、東海機構としてつくりました。
産学連携、外部資金の獲得については、2020年頃から両大学が力を注ぎ、大きな成果をあげたことで、国の国立大学イノベーション創出環境強化事業から資金を獲得することができました。
次の発展と進化のためにミッション、ビジョンを策定
2022年には新たなる課題にチャレンジしようと、東海機構のミッション、そして東海機構ビジョン2.0を策定しました。
ミッションは、「Make New Standards for The Public」とし、東海機構が知とイノベーションのコモンズとして、常に国立大学の新たな形を追求し、地域と人類社会の進歩に貢献し続けることをその存在意義としました。これからも時代はどんどん変わりますが、国立大学としてどこまでもパブリックのために活動する、という変わらない志を明確にしました。私は人が動く原理は「理」と「利」だと考えています。理は志ともいえます。利は利益ではなく、高い志を達成するための人、物、資金の持続可能な好循環を意味しています。具体的な活動や施策を推進する上で目指すべきこと、それが常に新しいスタンダードをつくりながら活動をすることだと考えます。
東海機構ビジョン2.0では、第4期中期目標・中期計画期間(2022~2027年度)に実現したい姿として、「知とイノベーションのコモンズとして、地域と人類の課題解決に貢献する新たな国立大学の確立」を掲げています。東海機構設立時に謳った「地域創生への貢献と国際競争力強化の同時達成」をベースに社会の公共財としてのコモンズの概念を導入し、地域・人類の課題解決への貢献を目指します。そして第4期中期目標・中期計画期間中に、社会の公共財として未来に向けたサステナブルでレジリエントな新しい国立大学法人を確立することを目標に定めました。
新しいビジョンを策定した背景には、東海機構がスタートした時のスタートアップビジョン(東海機構ビジョン1.0)では3年× 3の9年間の計画を立て、その最初のステージが 2022年3月で終わり、基盤を固める基本的な取り組みが進んだことがあります。そこでこれからの第2ステージと第3ステージの取り組みを明確にするためのビジョンを改めて定め、世に問うことにしました。
もう一点、このビジョンを策定した大きな背景として、東海機構が誕生してからの3年間、コロナ禍と昨今の国内外の情勢の変化と悪化を受けて、日本が科学技術イノベーション立国として再び立ち上がるために、国が大学に対して従来とは質も規模も異なる積極的な投資を行うことを決定したことがあります。それが「国際卓越研究大学」と「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」という支援制度です。東海機構ビジョン2.0においては、この国の方針に呼応し、さらに改革と進化を加速することを目的として、ビジョン実現のための戦略を教育・研究に関する4つの柱と、それを支える4つのマネジメントの基盤を確立することを今後の戦略としました。
ビジョン実現のための〈4×4戦略〉が目指すもの
〈4×4戦略〉では、先ず事業の柱として「教育・人材育成」「研究・価値創造」「社会連携・産学連携」「国際展開」の4つを据えました。また、東海機構のこれらの事業を支える基盤として、「ガバナンス」「財務経営」「人材の好循環とDEIB(Diversity, Equity, Inclusion & Belonging)」「デジタルユニバーシティ構想(キャンパスDX)と連携・共創・統合プラットフォーム」の4つを確立することとしています。それぞれの詳細については本メッセージに続くページに掲載していますので、ここではその概要とコンセプトをご紹介します。
ビジョン2.0では、国立大学法人である東海機構は、社会の公共財として知とイノベーションのコモンズとなり、地域創生に貢献し、地域丸ごと変革を推進する大きなインパクトを持った存在になることを目指しています。過去半世紀以上にわたり世界有数の産業集積地としてグローバルに発展してきた東海地域の未来的転換に貢献することは、とりもなおさず、世界に通用し、世界をリードする大学になることを意味します。今般の国の科学技術イノベーション政策を受けて、名古屋大学は国際卓越研究大学を目指し、岐阜大学は日本一の地域中核大学を目指すという目標が非常に明確になりました。今後は、この2つの目標が対になってガバナンスや財務などの基盤をベースに、機構として、あるいは両大学として4つの事業において大胆に戦略を推進していきます。
わが国初の県境を越えた国立総合大学の法人統合で誕生した東海機構には、これまでの国立大学のあり方から大きく飛躍した進化を遂げることが期待されています。この進化のためには、両大学の持つ特徴、これまでの優れた実績や多様なリソースを活かしながら大学改革を加速すること、いわばフォアキャスト的なアプローチが必要ですが、一方で、具体的な将来ビジョンを明確にし、それを達成するために必要な取り組みを組織的戦略的に推進する、即ちバックキャスト的なアプローチも重要です。これらを全体的に俯瞰しながら様々な取り組みをバランス良く推進することが求められます。
また、両大学では東海機構ビジョン2.0策定と歩調を合わせて新たなビジョン、戦略と改革案を策定しました。両大学の教育や研究については、基本的にそれぞれの大学において学長と総長の責任と指揮のもとで行われますが、東海機構としては両大学が強みを活かして密接に連携して進める取り組みを東海機構直轄事業として積極的に支援するとともに、先に述べた機構としての基盤整備により、法人統合によって国や社会から期待されている両大学の機能の飛躍的な強化を、今後10年をめどに実現できるようしっかりとサポートしていきます。
東海機構直轄拠点、直轄事業がもたらすインパクト
近年、日本では世界をリードできる研究領域が大きく減ったといわれています。しかし東海機構が直轄拠点として整備を進めている糖鎖生命コア研究所は、糖鎖生命科学領域において世界一の研究基盤や環境を整え、日本が世界をリードする数少ない領域の一つに育て上げる拠点として大きな期待が寄せられています。この研究から派生する成果は、名古屋大学や岐阜大学にとって大きな財産となるだけではなく、広く日本および人類社会に貢献する価値を生み出す大きな可能性を秘めています。このような拠点の形成は法人統合により初めて可能になったものといえますし、両大学が連携して行う機構直轄拠点は一法人複数大学における研究力強化の好事例であると考えています。
現在、主な直轄拠点は糖鎖生命コア研究拠点と航空宇宙研究教育拠点ですが、今後それを増やすことで、東海機構も両大学もさらに成長、進化することを目指しています。機構直轄拠点として認定する基準は、研究力という観点から、世界と伍する研究成果が見込めるとか、新たな研究領域を開拓することで将来世界をリードできるような領域に成長できることなどが想定されています。またすでに国際レベルに達している研究実績があることも条件の一つです。社会に与えるインパクトの視点からは、社会実装が実現できたら東海地域の産業構造を相当程度に変革できるポテンシャルがあるような取り組みが認定されるでしょう。この分野で有望視されているテーマが、健康医療ライフスタイル情報統合や教育の司令塔としてのアカデミック・セントラルの取り組みです。産学官が連携することで、東海地域全体に大きなインパクトをもたらすことが期待できます。
新たな飛躍、さらなる挑戦の年に向けて
2023年を迎えて、「国際卓越研究大学」や「地域中核大学」などのチャレンジングな課題に東海機構としていかに取り組むかが問われています。国による巨額の支援策は大きな改革に取り組むためのきっかけではありますが、「国際卓越研究大学」や「地域中核大学」の制度の目的は、国立大学が本来やらなければならない改革を後押しすることです。新しいビジョンのもと目指す目標は非常に高いものですが、臆することなくチャレンジして変革しなければ、東海機構のミッションを実現することはできません。
私は、国立大学は地域社会の未来に向けての変革にもっとインパクトを持って関わらなければいけないと思っています。そして2022年度から始まった第2ステージの3年間で地域社会からの期待に応えていきたいと考えています。東海機構は組織的な統合はできたものの、理想とする基盤づくりはまだ道半ばであり、全構成員のモチベーションを高めつつ意識改革や組織改革をさらに進めていく必要があります。特に重要なテーマは研究力の強化に向けた具体的な改革プランづくりと必要な施設・設備整備であり、次の1年で道筋はつけておきたいと考えています。そのために、内外の環境が許せば機構債発行を2023年度中に行い、必要な環境整備を積極的にやり遂げたいと思います。
また、東海機構が社会全体の変革にインパクトを持って貢献するために、研究力の強化と並んで特に重要なテーマがスタートアップエコシステムの構築です。アントレプレナーシップ教育や産学連携はすでに両大学とも順調に進展していますが、スタートアップをつくった後の支援強化が重要です。ベンチャーキャピタルやCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)活用などの資金支援の仕組みづくりをはじめ、テックベンチャー向けの試作ラボや実験機器を低料金で利用できるサポート体制の構築なども構想しています。中部地域のスタートアップの現状は、東京などの先進的な都市と比べると遅れをとっています。これをトップレベルにするための仕組みづくりを、私をトップにしたスタートアップ戦略会議で検討し、推進していきます。
レピュテーションは大学の評価を左右します。レピュテーションを高めるためには、東海機構が地方創生へのインパクトある貢献をなし、その結果、中部地域が将来にわたって持続的に発展できる技術革新を実現したスマートソサエティになれば、研究だけではなく社会の変革にもインパクトを与える大学であることを広く訴求することができます。地域創生への貢献と国際競争力の強化により、「Make New Standards for The Public」のミッションを実現することが目標です。東海機構は両大学とともにこの高い目標を実現するための戦略をいかに実行するかを熱く議論し、このチャレンジをぜひ成功させてまいりますので、東海機構を支えてくださるステークホルダーの皆様の、さらなるご支援をお願い申し上げます。