地域創生と人類課題解決に貢献する、知とイノベーションのコモンズとして
機構長 松尾 清一
ご挨拶
船出から3年、新たな環境変化に対応する
2020年4月、世界的に新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、我が国において初めて国立総合大学同士が県をまたいで法人統合することで東海国立大学機構(以下「東海機構」)が誕生し、3年が経過しました。大変困難な時期の船出ではありましたが、名古屋大学、岐阜大学(以下「両大学」)の教育・研究活動の強みを活かしそのシナジーを発揮するための連携拠点の設置や外部資金の獲得など、さまざまな活動を当初計画よりも順調に進めることができました。この間、東海地域において東海機構の存在感とレピュテーションが定着してきたと思いますが、全国あるいは世界的な視点から見れば、さらに努力を重ねる必要があると考えています。
想定を超えて加速する少子化や、世界大学ランキングに見る日本の大学の存在感の低落傾向などが国の中央教育審議会の大学分科会や財政制度等審議会などにおいて非常に真剣に議論され、第4期中期目標・中期計画期間(2022~2027年度)、第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021~2025年度)において大学改革のために、強力なてこ入れを推進しています。社会の注目を集めたのは、大学に対する国の財政支援の新たな仕組みとして、国際卓越研究大学制度と地域中核・特色ある研究大学強化促進事業などの大型支援が始まったことです。日本社会全体が厳しい状況にある中、社会変革やイノベーションを推進するためには、国立大学を中心とする大学の果たす役割がいかに重要なものと位置づけられているかがわかります。
また、コロナ禍の終焉とともに世界的な規模で研究者や学生の流動性が高まってきましたが、日本の大学が今後いかに競争力を高め、優秀な人材を内外から惹きつけることができるかも喫緊の課題となっています。こうした状況のもと、国立大学については大学同士の協力・連携の強化や統合などを検討する機運が高まるとともに、新しい法人統合のあり方を示すモデルを目指す東海機構が重ねた実績に、他の大学が関心を寄せるところとなっています。
東海機構のミッションと果たすべき役割
東海機構は、発足時から「国際的な競争力向上と地域創生への貢献を両輪とした発展」を目指してきましたが、国立大学を取り巻く内外の環境変化を受け、2022年度からはさらに一歩踏み込み、「知とイノベーションのコモンズとして、常に国立大学の新たな形を追求し、地域と人類社会の進歩に貢献し続けることを、存在意義とする」ことをミッションに定め、国立大学の新たなモデルを築くという理想を高らかに掲げました。世界的な格差拡大や人類の共通資本である地球環境が毀損されている現状をいかに乗り越え、解決していくかという課題に果敢に挑戦し、他のセクターと連携しながら新しい価値を創出することが、知とイノベーションのコモンズの役割です。また東海機構は誕生した時に、本機構を中心とする大学連合体を起点として、東海地域においてダイナミックに循環する価値創造の流れを創出するモデルを「T-PRACTISS」と位置づけました。今後とも、さまざまなセクターと連携・協力して、世界有数の産業集積地である東海地域が将来にわたって持続可能な人間中心の未来社会(Tech Innovation Smart Society)に生まれ変わるために力を尽くしていきます。
東海機構と両大学の位置づけと役割については、経営、ガバナンスは東海機構が担い、教育・研究活動は両大学が担うと定めています。財務会計システムや事務組織は東海機構において統合し、教育・研究活動は両大学がそれぞれの総長、学長が所掌する体制のもと展開しています。また両大学の強み、シナジーを活かすために連携拠点を設置し、それを支援するのは東海機構の役割です。それに加えて、名古屋大学にはグローバル・コモンズとして世界と伍する研究大学を目指し、保有する知的・人的リソースなどを駆使して東海機構のフラッグシップとして全体を牽引していく役割があり、岐阜大学にはリージョナル・コモンズとして日本トップクラスの地域の中核大学を目指しながら、地域創生への貢献を果たす役割があると再確認しています。
3年間の実績と成果を振り返る
これまでの3年間を振り返ると、外部資金の獲得において期待以上の成果をあげることができたと言えます。国立大学にとって一番大きな財源は、大学の教員数や学生定員に従って交付される基盤的な運営費交付金であり、その他に競争的な補助金、産学連携収入や寄附金などの外部資金がありますが、運営費交付金が収入全体に占める割合は低減し、一方、外部資金は増加傾向にあります。事業規模では3%以上増加しました。民間企業等からの受入額は2018年度から増加傾向となり、年平均約5%の成長率で推移しています。コロナ禍でありながら、法人統合の効果は十分あったと評価しています。また、国の競争的な補助金の獲得においても法人統合の効果を発揮して、大いに成果をあげることができました。
次に、両大学の強みを活かした教育・研究活動を格段に高める取り組みである連携拠点の支援事業に注目していただきたいと思います。スタート時は4事業でしたが、2023年度から5事業が活動を展開しています。特筆すべきは、糖鎖生命コア研究拠点(iGCORE)が中心となって推進してきた糖鎖研究プロジェクトが、国の大規模学術フロンティア促進事業において生命科学領域初の事業として本格始動したことです。また、岐阜大学を中心に航空宇宙関連の生産技術を開発している航空宇宙研究教育拠点の取り組みは、名古屋大学も協力して内閣府の地方大学・地域産業創生交付金「展開枠」に採択されました。これまでに蓄積した技術を産学連携により他産業にも横展開することで、東海地域への大きな貢献を果たすことが期待されるまでに成長しました。なお、その他3つの連携拠点支援事業では、これから活動が本格化していきます。
基盤整備については、教育面ではアカデミック・セントラル(教育基盤統括本部)においてオンライン授業などで使うラーニング・マネジメント・システム(LMS)の統合と構築を進めてきましたが、2023年度からいよいよ運用が開始されました。併せて、両大学が共同で開設する授業科目が10科目から34科目へと大幅に増え、それぞれの学生が積極的に受講しています。また、学生自らが目標とする学修レベルに対してどのレベルにまで達成できたかを自己評価できるステータスシステムを、岐阜大学で2023年度から運用をスタートすることができました。名古屋大学でも来年度のスタートを目指し、システム統合の準備を進めています。キャンパスのDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するデジタルユニバーシティ(DU)構想では、教育・研究データなどの共有や教職員の意思疎通を円滑化するシステム構築などを着々と進めています。
また、2022年12月にはDEIB(Diversity,Equity,Inclusion&Belonging)推進宣言を発出しました。これまで両大学が推進してきた男女共同参画の取り組みなどの成果を踏まえて、すべての多様な構成員が、互いを認め合い、信頼関係を築き、それぞれの能力を最大限に発揮できるよう、歴史的・社会的に形成された差別や格差の構造を積極的に是正し、公正な教育・研究・労働環境を提供することを目指しています。全国的に見ればDEIの取り組みを宣言している大学はありますが、DEIBにまで踏み込んで宣言する例はまだ少ない中、東海機構では国内外の優れた人材を惹きつけるためにもさらに積極的に推進していきます。
スタートアップの創出、育成・支援を戦略的に展開する
2023年度から、東海機構ではさらなる発展に向け、大きな課題に挑戦しています。それが特徴あるスタートアップ・ベンチャーの育成・支援システムの整備とグローバルエコシステムの構築の取り組みを加速することです。今、世界的な潮流として、大学で得られた研究成果をもって優れた人材が新しい産業を創出し、地域社会や人類の課題解決に向かって貢献するスタートアップが熱い注目を浴びています。東海機構は、アントレプレナーシップ教育から、スタートアップのシード期、アーリー期の各ステージごとに支援を行ってきましたが、これをさらにスピードアップさせるためのヘッドクォーターとして、私と両大学の副総長と副学長などが参画する東海機構スタートアップ戦略会議を立ち上げました。アントレプレナーシップ教育や動機づけ、起業するまでの間のビジネスプランのブラッシュアップ、資金援助、成長後のМ&AやIPO(株式公開)などのステップにおいて、両大学と連携してシームレスな支援を展開することを目指しています。
中でも重視しているのが、アントレプレナーシップ教育です。名古屋大学では2023年4月にディープテック・シリアルイノベーションセンターが発足しました。今後、学部から博士後期課程まで階層的に、大規模かつ学際的なアントレプレナーシップ教育を行います。なお、岐阜大学は2024年度から同センターの活動に参加する計画です。同戦略会議では、スタートアップが将来大きな果実を実らせ、そこから得られた成果を東海機構に戻し、それが原資になって新たなスタートアップを育てていくという好循環をつくるための戦略も重視しています。そのために法人統合のメリットを活かして、東海機構独自のVC(投資会社)を近い将来立ち上げることも検討しています。また、両大学において現在建設が進んでいるTOIC(Tokai Open Innovation Complex)棟は2023年度中に開設する計画です。これは東海機構が両大学のキャンパスをまたいで進める産学連携とスタートアップ育成の重要な拠点施設となります。知の価値化と社会還元を組織的戦略的に進める開かれた施設として、ここでスタートアップとVCとのマッチングなどが活発に行われることを期待しています。
財源の多様化、外部資金の獲得に貢献した大学債の発行
2023年6月、東海機構は、機構として初となる大学債「東海機構コモンズ債」を発行しました。債券の発行・償還計画には文部科学大臣の認可が必要であり、施設の設置・整備や土地の取得に充てることが条件ですが、名古屋大学では世界と伍する研究大学になるために、岐阜大学では日本トップクラスの地域の中核大学になるために必要な施設を設置・整備するために、東海機構自らが資金を調達して「知とイノベーションのコモンズ創成事業」を加速することが目的です。
発行にあたって定めたコンセプトは、まず大手機関投資家などに購入を求めるのではなく、地元金融機関や企業・組織に東海機構が掲げるミッション、ビジョン、戦略を理解していただき、その上で債券を購入していただくことを重視するというものでした。そこで機構長である私は地方銀行や地元企業、共済組合などに支援を仰ぎ、財務担当の副総長は大手機関投資家を対象にそれぞれがIR活動を展開しました。これは他の国立大学とは異なる発行方針です。また発行額は100億円、年限は20年(満期一括償還)としたことが地元の皆様に好意的に受け止められ、発行額を大きく上回る購入希望があったことは感謝に堪えません。また大学債発行に伴うIR活動を通じて、東海地域において東海機構の目指すところを広く、深くご理解いただくという目標が達成できたことも、今後の財源多様化の推進に向けて大きな自信につながりました。
一方、両大学のさらなる発展のためには、より一層の外部資金の獲得を目指す必要がありますので、2024年度以降は大学基金への支援をお願いする活動を強化していきます。特に重視しているのは両大学の卒業生が活躍している企業や産学連携・共同研究のパートナー企業へのアプローチです。また両大学の同窓生への働きかけも持続的に基金を募っていくために重要ですが、これらの活動は東海機構が主体となって行うものではなく、名古屋大学基金、岐阜大学基金としての活動を東海機構がしっかりと応援していくことになります。
東海機構のさらなる発展と進化のために
2018年12月、名古屋大学と岐阜大学を法人統合する構想を発表した時から、さまざまなセクターやステークホルダーの皆様からは前向きで好意的なご意見や支援表明とともに、多くの実質的なご協力をいただき、心から感謝を申し上げます。
今、国立大学はもちろんのこと日本の多くの大学においては、一段と加速する少子化を前に深刻な危機感とともに大学同士の協力・連携の強化や統合などを検討する機運が高まってきたことは前述しました。少子化は、大学の規模を持続的に維持できるかどうかや、国の大型プロジェクトに応募するために必要な研究力を今後も発揮できるかどうかにも関わります。東海機構は誕生した時から広く東海地域の地域創生に貢献することを目指してきた大学連合体です。その旗印を掲げ、現状の体制にとどまるのではなく、東海機構としての機能強化を図りつつ将来的には体制の拡大も視野に入れ、他大学との連携をより深めていきたいと考えています。
東海機構は、掲げたミッションやビジョンに対するステークホルダーの皆様の熱い期待を裏切ることなく、定めた目標に向かって今後も果敢に進んでいきたいと思っています。現在、世界は非常に厳しい人類的な課題に直面しています。これを解決していくためには、さまざまなセクターが連携することが求められますが、中でもアカデミアは非常に重要なプレーヤーであることは間違いありません。東海機構は「知とイノベーションのコモンズ」として、基礎的研究面でのインパクト(アカデミック・インパクト)と社会への発信・人類課題解決へのインパクト(ソーシャル・インパクト)を最大化することでミッションを達成することを目指し、これからも力強くさまざまな課題に挑戦してまいります。国内のみならず世界の関係諸団体のご理解とご支援をお願いするとともに、東海機構の活動に対して忌憚のないご意見をいただけますようお願い申し上げます。
プロフィール
松尾 清一(まつお せいいち)
・令和2年4月1日就任
・機構長
・任期(令和2年4月1日~令和10年3月31日)
昭和56年9月 | 米国マウントサイナイメディカルセンター研究員 |
昭和57年8月 | 米国ニューヨーク州立大学研究員 |
昭和59年10月 | 労働福祉事業団中部労災病院内科医長 |
昭和60年1月 | 内科副部長、人工腎室長 |
昭和61年5月 | 名古屋大学医学部助手 |
昭和61年7月 | 医学部附属病院助手 |
平成9年2月 | 医学部附属病院講師 |
平成14年1月 | 大学院医学研究科教授 |
平成14年4月 | 大学院医学系研究科教授 |
平成16年4月 | 医学部附属病院副病院長 |
平成19年4月 | 医学部附属病院病院長 |
平成21年4月 | 副総長 |
平成22年4月 | 予防早期医療創成センター長 |
平成24年4月 | 産学官連携推進本部長 |
平成26年1月 | 学術研究・産学官連携推進本部長 |
平成27年4月 | 総長 |
平成29年9月 | 人生100年時代構想会議議員 |
平成30年4月 | 総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤) |
令和2年4月 | 東海国立大学機構 機構長 |
名古屋大学総長 | |
令和4年4月 | 東海国立大学機構 機構長 |